寺請制度

〇檀家制度の法令化

室町後期から江戸時代の初期にかけて、民衆の間でも寺檀関係の確立が進み、葬祭・仏事は実際的に仏教が支配するようになっていきました。こうした状況を背景に、またキリシタン禁制を名目として、江戸幕府は寛文年間(1661~1673)にかけ、宗旨人別帳(宗門改帳)の作成を法令化します。1665年、幕府はこれを諸藩に作成することを命じ、1671年からは毎年の作成を命じるところとなりました。

〇宗旨人別帳

宗旨人別帳とは、家ごとに全員の名前、年齢、続柄、家畜、場合によっては持高も記し、キリシタン(後には禁制とした日蓮宗の不受不施派など加わる)でないことを檀那寺が証明したもので、村の構成員全員に課せられました。寺(公に許可された寺であることが条件となっていた)が証明するので、これを「寺請制度」と言います。

これによって本来自然発生的であった檀那寺と檀家の関係が法的に制度化されたことになります。誰もがどこかの寺の檀家にならないといけなくなり、しかもそれは家単位であることが求められました。

〇戸籍を寺院が管理

寺請制度により、当時では世界一と言われる人口調査が可能となると共に、民衆は特定寺院の檀家となることによって、戸籍を得た形になります。以降人々は、結婚、旅行、移転、奉公の際には村役人の発行する送り状、請け状、手形の他に寺の発行する送り状、請け状、手形を必要とするようになりました。また、死亡時には寺への届け出も必要とされるようになりました。

〇「檀家」になることの義務内容

「檀家になる」とは具体的にはどういう意味をもつのでしょうか。『宗門檀那請合之掟(徳川家康が定めたとされ、当時もてはやされたが、偽書と言われています)によれば、その内容は以下のようにまとめられます。

①4月8日の釈迦の降誕会(灌頂会)、12月8日の成道会、2月15日の涅槃会、各宗開祖の命日、お盆、春秋の彼岸、先祖の命日には必ず寺院に出向いてお参りすること

②説教や仏法を説く寺院の集会に参加すること

③寺院の建物の建立や修理に協力すること

④葬儀は寺院に必ずお願いすること

①、②は仏教寺院本来の宗教活動ですが、むしろ③の寄進と④の葬儀が寺檀関係を示すものとして認識されるようになりました。葬儀は寺院に頼むという現在の常識は、当時は義務としての性格をもっていたことがわかります。これは、仏教寺院の葬祭仏教化をいっそう進めるものとなりました。

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